やりたいように、生きる

小室哲哉さんが引退を発表しました。
きっかけは不倫報道だが、
そもそも音楽を続ける理由が無くなっていたとのこと。
僕は小室さんの音楽は特に好きではないし、
ご本人の事も詳しくは知りませんので、
報道の内容だけでの想像ですが、
ご本人の言う通り、
不倫報道はあくまできっかけで、
もう音楽活動を続ける理由が無くなっていたのかな、
って思います。
 
みんな最初は音を出す事が楽しい、
作品を作ることが楽しい、
そんな所から音楽を始めるんだと思うんですけど、
その気持ちがずっと続くかどうかは分かりません。
世の中には音楽以外にも沢山の楽しいことがあるわけだし、
もっとやりたい事とかに出会ったり、
心境は変わっていきますから。
 
だけど、それが仕事になってしまっていた時、
生活のためだったり、お客さんや関係者のためだったり、
辞められない事情があって続けなくてはいけないとか、
そういう事が起こることもありますよね。
もしかしたら、本人が思ってるほど影響はなくて、
辞めたら辞めたで、
周りの人は各自いいようにするかもしれないけど、
真面目な人ほど辞められないとかもあるのかもしれません。
 
でも、思うんですよね。
やりたくない事をやって生きていくのってどうなのかなって。
いや、無責任に好き勝手生きていくというのではなくて、
トータルでみて自分の望むように生きていくというか。
だから、小室さんの話で言えば、
やりたくなくなった時点で辞めちゃえば良いのかなと。
今回の判断が早かったのか遅かったのかはご本人にしか分かりませんが。
 
例えば、楽器が上達する為には地道な練習が必要ですが、
うまくなりたいって気持ちがあれば苦じゃないと思うんですよね。
逆にそれが苦だと感じるってことはそこまでうまくなりたい訳じゃないのかと。
もっと分かりやすい例で例えると、
自分の意思に関わらず義務教育の中で勉強を強いられると、
苦痛でしかないですが、
自分の夢のために必要となれば、
頼まれなくても勉強するかなと。
 
結局、その先に自分の求めるものとかがあれば、
その過程も受け入れられるということだと思います。
だから、逆説的に言うと、
どうしても嫌で嫌でたまらない事を続けても、その先には自分の夢も幸せも無いんですよ、きっと。
だからそんなことは辞めてしまえばよい。
 
そういう意味で、
やっぱりやりたくない事はやる必要が無いと思います。
目の前に選択肢があった時に、
何がやりたいか、好きか、気持ちいいか、
そこを判断基準にしていけば良いのかなって思います。
 
何が楽しいかなんて人それぞれだし、
自分が楽しめないことでも、
進んで楽しめる人もいるわけで、
みんなが好きな事をしたとしても、
意外と社会は回っていくんじゃないかな。

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