呑みニケーション

酒が好き。
 
僕は基本的には量より質で、
旨い酒を味わいたいタイプです。
と、言うと酒席を共にしたことのある方は疑問符が付くかもしれませんが、
自身ではそう思ってます。
毎日呑むわけでもありません。
休肝日というわけではなく、
なんでも良いから呑みたい、
という気持ちにはあまりならないのです。
 
旨い酒と旨い肴で心地よい時間を過ごす。
それができないならあえて呑みたいとは思いません。
この「旨い」というのは、
酒や肴が良質であることで基本的には実現されますが、
平均的なそれでも「旨い」と感じられるマジック、
それが良質な「人とのふれあい」です。
これさえあればワンカップでも酔えるし、
逆にこれが良質でないと、
どんなに良い酒も全く旨くない。
酒も肴も人も良質だと、
至高の時を過ごすことができます。
 
プライベートではもちろんですが、
仕事関係の呑みであっても、
旨い酒が呑めない相手とは呑みません。
基本的には旨い酒が呑めないような相手とは仕事はしませんし、
仮に何らかの理由で関わりを持たなくてはならないとしても、
それは僕にとっては仕事ではなく作業。
そんなことはわざわざ一緒に酒を呑まなくてもできますしね。
 
逆に一緒に仕事をする人でも、
呑む機会の無い人もいますが、
そういう人でも呑んだら間違いなく旨い酒が呑める。
実際に呑むかどうかが重要なんじゃなくて、
旨い酒が呑める相手かどうかの問題です。
 
親密になって仕事を取りたい、とか、
仕事を進める上で呑みニケーションは重要、とか、
そういう考えの人は多いですけど、
僕の場合は順序が逆ですね。
腹を割って話せる相手だから呑む。
それだけです。
だから、呑みニケーションなんかやらなくても、
そういう相手とだと良い仕事ができる。
呑んだから良い仕事ができるのではなくて、
良い仕事を共にできる相手だから、
自然と呑みに行くわけです。
 
僕にとって人との呑みとは、
社会や他人に愚痴を言ったり、
中身のない時間をノリだけで過ごす為のものではなくて、
お互いの魅力を見つめ合える、
そんな時間です。

新年早々わがままですみません。

皆さま、明けましておめでとうございます。
冨田悠です。
明けましたね、2018年。
僕は昨年末はインフルエンザで寝込みまして、
大晦日に遅めの大掃除、
年明けてからは実家に顔出して、
本日は免許の更新に来ております。
長蛇の列で寒風の中待たされております。
寒いです。
 
さて、今月で35歳になるのですが、
もう後何年人生があるのだろうか、
そんな事を考えてしまいます。
成し遂げたいこと、
その為にどこまで時間を費やせるのか、
その事ばかりが頭から離れません。
 
僕の成し遂げたいことは、
自分の満足できる音楽を作ること、
です。
自分が表現したい曲を作ることは当たり前ですが、
それに共感して聴きたいと思ってくれる人がいる事、
受け手の人が受け取ってくれて初めて音楽は完成するので、
そこまでを含めて成し遂げたいのです。
 
僕の求める音楽は、
どうしても打ち込みだけで完結するものではないので、
様々なミュージシャンやエンジニアなどとの協力が必要だし、
求める音を再現する環境も必要。
そして、その表現が完結するためのリスナーとの巡り合いも必要です。
その為にできること、やるべきことに全てを使いたい。
それはどんなにお金と時間を費やしたところで、
絶対に実現できるということでは無いので、
だからこそ可能な限り費やしたいのです。
 
なんか、変な例えなんですけど、
便秘を解消したい気分に似てます(笑)
出したいものがあって、
なんかもどかしいみたいな。
なんでこうなってしまったかは分からないですが、
なってしまったものは仕方ないですね。
やりたい事をやるだけです。
 
今まではどうしてもお客さんの為、社員の為、
など、他者の為に全てを費やす必要がありました。
クライアントの求める楽曲を作り、
他のアーティストのプロモーションに尽力する。
自分のスタジオの利用時間はどのお客さんよりも少なかったと思います。
もちろん、その事で様々な実務能力は育まれましたので、
これからの人生は会得した実務能力を自分の音楽の為に使いたいな、と。
 
わがままかもしれないけど、
ありのままに、生きたいように生きていく。
今年からはそんな生き方に切り替えた冨田悠でした。

伝統行事

あ、そういえば今日は12月28日!
色々と夢中になりすぎてて日にちの感覚がありませんでした。
 
気付けば年の瀬。
正月飾りは今日までに飾らないといけないんですよね。
どっかで入手せねば。
 
僕は日本の伝統行事は結構大切にする方です。
正月飾りを飾って、
30日には神社の大祓えにいって、
もちろん元旦に初詣。
自宅には盛り塩も致します。
こういう日本の伝統行事って、
文化として最低限は嗜みたいなと。
 
神社やお寺って、
神道や仏教っていう宗教ではあるけれど、
日本の文化の中で、
別にその宗教の信仰者ではない人にも、
同じ社会に生きる一員として受け入れられてるし、
宗教側も無理矢理信仰を押し付けるような事が無い。
そんな所が好きです。
 
僕は無宗教だし、
あくまで民間の風習として、
伝統行事を行なってます。
別に熱心な信仰によって幸せになるとか、
何かを成し遂げるみたいなものは一切ありません。
別に意味なんて無いんですよ。
だけど、昔から人々が行なってきた事を、
同じようにやる。
ただそれだけなんですよね。
もちろんその行事の発祥には自然に感謝とか、
色々と意味はあるんですけど。
 
まぁ、何にもしなければ気候の変動しか季節の移り変わりを感じられませんが、
行事をやるとなんとなく年月の色が出るかなと。
色々便利な世の中で、
何事も効率とか成果とか求めがちですが、
文化や風習を楽しむ、
そんな余裕も持ち続けたいなと思う冨田悠でした。

「赤い薔薇」リマスター盤リリース!

僕のバンド、THE LOTUS AGE BANDの代表曲「赤い薔薇」のリマスター盤が、
iTunes Storeなど各種配信サービスで配信開始しました。
 
※詳細はバンドのオフィシャルサイトにて
https://lotus-age-band.xyz/akaibara-release/
 
現在もライブでは締めのラーメン的な存在として、
ほぼ毎回演奏しておりますが、
CDは初回生産分完売後、再生産しておらず、
皆さまから音源が欲しいとのご要望を頂いておりました。
そこで、現在制作しているアルバムにリマスタリングして収録しようと思い、
それに先立って配信にてシングルリリースしました。
 
よろしければ皆さんお聴き下さい!

アルバム制作のため、仮歌入れました。

今日は仮歌入れでした。
4月に発売予定のニューアルバムに向けて、
残り2曲をレコーディングする予定です。
出す出すと言ってずーっと後回しにしちゃってましたが、
ようやく自分の活動に専念できるようになりましたので、
今度こそ本気で出します。
先行して近日中に何曲かシングルカットします。
乞うご期待!!

不倫報道

先日もテレビで女優の不倫報道が流れていました。
別にテレビが何を流そうと自由だし、
嫌なら見なければ良いだけの話なので、
どうでも良いことですが、、、
そう言ってしまうと話が終わってしまうので、
あえてその事について個人的意見を書いてみようかなと思います。
 
不倫は良くない事、というのは、
多くの国の文化の中では、
美徳に反する、ということであり、
また不倫された方はとても悲しい気持ちになることも多いと思います。
なので、不倫した人が家族などに謝ったり、
家族が本人を糾弾することも自然なことだと思います。
それを踏まえた上で、不倫報道というものについて考えてみます。
 
まず、タレント、芸能人というのは、
見られる事を商品にする職業であり、
私生活も含めて売り物にしている人達なので、
不倫しちゃって、それを関係ないマスコミとか視聴者とかにあれこれ言われるのも、
いわば仕事の一つだと思います。
 
個人的に他人の情事には全く興味はありませんが、
そういう話が好きな層がいるのであれば、
ある意味私生活をネタにしたエンタメとなるわけで、
一つの生き方かなと。
なので、たまに芸能人の不倫報道に同情する声もありますが、
別に本人がそういう仕事を選んでるわけで、
同情するようなことではないと考えています。
結婚報道はウェルカムだけど、
不倫報道はお断り、
ってわけにはいきませんからね。
 
次に、マスコミ側について考えると、
マスコミはこういった私生活をウリにしている、
いわばタレントが提供した商品を、
視聴者に報道という形で届ける、
情報の流通業者なので、
需要があるのであれば不倫報道は至極当然の行動です。
そんなどうしようもない事を報道するなよ、
という声もありますが、
そういう声以上に見たいと思う声があるから報道されるわけです。
不倫報道が出た瞬間に視聴者がみんなテレビを消すなら、
自然と不倫報道はなくなると思います。
スポンサーつきませんからね、低視聴率なら。
 
なので、不倫報道は、
そういうネタを提供する人間、
それを伝える人間、
好んで見る人間、
の間で成立しているエンターテイメントだと僕は考えています。
なので、お好きにどうぞ、と。
 
ただ、少しだけダメ出しするならば、
タレントがやる謝罪会見。
あれはタチの悪いエンタメかなと。
筋としては、
その人が不倫して迷惑かけたのは、
家族だったり、
CMなどに影響が出たりするスポンサーだったりで、
その人達に謝罪するならわかりますが、
マスコミや視聴者は微塵も迷惑ではないので、
むしろネタを提供してくれてありがとう、
という立場なので、
カメラに向かってごめんなさい、は違うなと。
また、一部マスコミや視聴者が正論ぶつけて怒るのもおかしくて、
あんたら関係ないでしょ、と。
 
それでもああいった会見がされるのは、
結局のところそういう絵の需要があるからなんですよね。
誰かがみんなに囲まれてボコボコにされて、
泣きながら謝ってる、
そんなシーンを見たいという人達がいるから。
そういうのはエンタメとしてあまり粋じゃないなと。
どうせ報道するなら、
客観視点で当事者同士が、
不倫発覚後どのように修復、
あるいは崩壊していくのか、
その辺のドキュメンタリーを見せるなら、
まだありかなと思います。
良いとか悪いとかじゃなくて、
一つの人間ドラマとして見るみたいな。
 
まぁ、僕は他人のことより、
自分がいかにオネェちゃんにキャーキャー言われるかの方がよっぽど重要ですけどね(笑)

湯豆腐と冷や

冬の寒さが身に沁みるこの頃、
この季節は鍋物が旨い。
 
先日湯豆腐をやりました。
昆布で出汁を取り、
豆腐に椎茸、ネギに春菊、
そして鰹節を入れて。
もちろんお供には日本酒を冷やで。
 
豆腐を温めるだけのシンプルな料理なのに、
こんなにも旨いとは、
和の食文化は実に心地良い。
肉や魚を濃厚な味付けで嗜むのも良いけれど、
豆腐を媒介として温もりを味う、
そんな趣の湯豆腐がやはり好きです。
 
湯気上る鍋に只在る白き温もり

プレゼン

曲を作る時、なんの制約も無しに自由に作れ、
と言われると案外煮詰まったりするもので、
いつどこでどんなシチュエーションで歌うために作るか、
みたいな出口が決まってたりすると、
作りやすいことがあります。
 
あるいは、CMソングなんかで、
商品名とかを絶対入れる、
とかでも似たような感覚があるんですけど、
何かを作る時って、
そういう出口がある程度あると結果として良いものができたりします。
 
それって、言い換えると、
受け手の視点を想像するって事なんだと思うんですけど、
自己満足にならないで、
作品として成立するかは、
受け手の視点って大切だなと。
 
何も音楽だけじゃないんですけど、
例えばオフィスワークとかで、
何か資料を作る時とか、
お客さんだったり、
社内の人だったり、
誰かに見せるとなると、
それなりにきちんと作るじゃないですか。
 
日常の中でも、
今日は誰にも会わないって日は、
顔とか洋服とか適当でも気にならないけど、
可愛子ちゃんとデートするなら、
ばっちり決めるわけで。
 
だから、何かをする時に、誰にどう見せたいか、
あるいは見た人はどう思うか、
といった受け手の視点を考えることって大切なんだと思います。
 
でも一方で、根底には自分が出したい音を探求する、
というのも大原則だし、
人目を気にしすぎて萎縮するのも意味が違くて、
あくまで自分らしく、良いと思うものを表現する中で、
その見せ方やまとめ方を考える時に、
受け手の視点に一度立ってみる、
そんな感じですかね。

投稿の意義

実に数ヶ月ぶりにブログを書いています。
意図的に書かなかった訳ではないのですが、
曲作りや番組の企画など、
アウトプットの作業ばかりしてるので、
情報を発信したいという欲求が満たされてしまって、
ブログを書く必要が無かったんです。
ブログを書くスタンスは人それぞれだと思いますが、
僕は今まで何かしら情報を公に発信する意義を求めていて、
日記的な投稿はあまりしていませんでした。
 
SNSとかで「今〇〇にいます」とか、
「お昼ご飯は〇〇です」とかの投稿を見ると、
何の為に無意味な情報を公にしてるんだろう?
と、疑問に思ってしまうタチなので、
誰も求めていないと思われる投稿はしたくないなと。
 
ただ、別にお金もらって書いてる訳じゃないし、
見たくない人は見ないんだし、
仕事で書いてるブログでもないから、
軽めの投稿をしても良いかな、
と思うようになってきたので、
もうちょっと気軽にやっていくことにしました。
 
他愛も無いことを書いている中で、
ふとした発見があったり、
読んで頂いた方からのご意見で、
意外な視点に気づくこともあるかもしれないし。
 
そんな訳で気軽な投稿もちょろちょろしていくので、
暇つぶしのネタにでもお読み頂ければ幸いです。